ハーズバーグの二要因理論を過信することの危険性

人間の動機づけに関する代表的な理論として、ハーズバーグの「二要因理論」が広く知られています。

アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが提唱したこの理論は、仕事の満足度を高める要因と、不満を引き起こす要因はそれぞれ独立しているという考え方です。前者を「動機づけ要因」、後者を「衛生要因」と呼び、「動機づけ要因」が満たされると満足が生まれ、「衛生要因」は満たされても満足は生まれず、欠如すると不満につながると説明されます。動機づけ要因とは、仕事内容、達成感、承認、責任、昇進、成長可能性などです。一方、衛生要因には会社方針、職場環境、給与、対人関係などが含まれます。

たとえば、勤務先が新しいオフィスビルに移転し、洗練された快適な環境になったとします。オフィス環境が改善されれば不満は生じにくくなりますが、それだけで仕事への満足感や意欲が高まるわけではありません。仕事そのものの達成感や成長機会こそが満足を生み出す——これが二要因理論の基本的な主張です。

この二要因理論は、従業員満足度調査(ES調査)やエンゲージメントサーベイの根拠として引用されることも多く、人事制度設計や組織開発の文脈でも頻繁に登場します。そのため、実務でも「非常に強力な理論」として扱われがちです。

しかし、私はこの理論に一定の妥当性を認めつつも、「そのまま絶対視するのは危険ではないか」と考えています。たとえば、給与や会社方針を衛生要因とし、「不満の解消には役立つが、満足にはつながらない」とする主張は、これまでの経営支援や実務経験からしても過度に単純化されている印象があります。

さらに、この理論が導かれた研究条件を確認すると、なお疑問が湧いてきます。ハーズバーグの調査は1959年、アメリカの工業都市ペンシルベニア州ピッツバーグで実施されました。当時のピッツバーグは製鉄業が盛んで、いわば典型的な工業社会です。調査対象者は約200名で、その職種は技師と経理担当者に限られていました。

調査の規模は大きいとは言えず、対象の地域・時代・職種も現在とは大きく異なります。1950年代の工業都市の技師や経理担当者と、現代の知識社会で働く多様な職種の従業員とでは、仕事観も働き方も、求められるスキルも全く違います。ましてや文化の異なる日本にそのまま適用するには無理があるのではないか——こうした指摘は研究者からも示されていますが、企業の人事担当者や実務の場ではあまり知られていません。

それにもかかわらず、日本では二要因理論が「モチベーション理論の決定版」であるかのように紹介される場面が多く、「この理論によれば〜」という説明が独り歩きしています。特に、海外の理論を根拠として重視しすぎる傾向は、組織人事領域で頻繁に見られます。

私が二要因理論の盲信を危険だと考えるのは、こうした背景があるからです。あるYouTube動画では、社会保険労務士の方が人事評価制度を解説する中で、”ハーズバーグが二要因理論で発見して今もそうである”、と断言していました。専門家の発言としては影響力も大きく、危うさを感じたため、今回この記事を書くきっかけとなりました。

もちろん、二要因理論そのものが間違いだと言いたいわけではありません。しかし、1950年代の特定の条件で得られた研究結果を、現代の日本の多様な職場にそのまま適用するのは無理があります。理論は参考にしながらも、現場に即した形で解釈し直す姿勢が必要ではないでしょうか。

海外の理論や権威を盲目的に受け入れるのではなく、自社の文化、職場の実態、日本の労働環境に照らして検証しながら活用していくことこそ、より効果的な人材マネジメントにつながると考えています。

(参考:フレデリック・ハーズバーグ「モチベーションとは何か」『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー』2003年4月号)

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