「職務記述書は詳細であるべき」というよくある妄想
―職務型人事制度の導入を妨げる“妄想”の正体―
職務型人事制度を導入しようとする企業や人事担当者のあいだでよく耳にするのが、「職務記述書(ジョブディスクリプション、以下JD)を詳細に作成するのは手間がかかりすぎる」「運用が現場の負担になるのではないか」といった懸念です。特に日本では、JDにはすべての職務内容を網羅的かつ詳細に記載しなければならないという認識が根強くあります。
日本の人事コンサルタントや専門家の書籍には、JDの作成が煩雑で面倒であることが、制度導入の障壁のひとつになっているとの指摘がよく見られます。しかし、本当に職務記述書はそこまで詳細に書かなければならないのでしょうか。この疑問に対しては、異なる視点から実態を捉え直す必要があると感じています。
たとえば、人事ジャーナリストの海老原嗣生氏は、自著『人事の組み立て』の中で、欧米企業のJDには「その他、対応が必要な業務」や「上司に指示された業務全般」といった包括的な記述が盛り込まれていることを紹介しています。つまり、JDがすべての業務を事細かに記述しているわけではなく、むしろ柔軟に運用できるように工夫されているのです。
また、人事コンサルタントの喜島忠典氏も、『基礎から学ぶ 人事制度の現状分析』において、近年ではJDをあまり詳細に書かない傾向にあると述べています。実務上の観点からも、あまりに厳密に定義しようとすると、逆に現場の柔軟性が失われ、制度が硬直化してしまうことは想像に難くありません。
欧米企業では、JDは労働契約や職務の責任範囲を明確にする法的・実務的な文書として位置づけられています。しかし、その一方で、業務の変化や上司の裁量を柔軟に取り入れる余地を残しておくため、「主要職責+包括的な表現」で構成されることが多いのです。
日本企業や日本の人事コンサルタントの中に、ーーJDは詳細に書くべきものであるーーという主張の背景には、いろいろな要因が考えられますが、最も大きな要因は、欧米企業の実態を事実ベースで確認せずに、想像や妄想で考えている点が最大の要因だと感じています。また、職務型と職能型や役割型との本質的な違いーー職務型人事制度との本質的な違いはポスト管理の有無ーーという点の理解不足にあります。
制度設計において本当に大切なのは、「何のためにその制度を設けるのか」という目的意識です。JDの役割は、職務の内容や責任範囲を関係者で共有し、人材配置や評価の基準を明確にすることにあります。すべてを書ききることが目的になってしまえば、制度はかえって形骸化し、現場の負担ばかりが増えてしまいます。
ここで重要なのは、「ちょうどよい曖昧さ」を制度の中に許容しているということです。主要な職務や責任は明示しつつ、業務の変化や上司の裁量に対応できる余白を残しておく。こうした考え方は、欧米企業のJD運用から学べる点ですが、これまでの多くの日本企業の人事制度と大差ないものです。違う点は、ポスト管理の有無です。
目標管理制度もそうですが、人事のコンサルタントや専門家の中には、原典や事実を確認していない主義・主張が多く散見されます。注意が必要です。