人事評価に目標管理は必須ではない
私は、人事評価制度の構造として「業績評価」と「能力評価」の二本柱で運用することが妥当だと考えています。しかし、そのうちの業績評価を目標管理制度(MBO)で運用することについては、むしろやめた方が良いと感じています。その理由は、目標管理制度によって社員が「できそうな目標」を設定し、防衛的な行動に走りやすくなるという弊害があるからです。ただし、念のため付け加えておきますと、目標管理制度自体は優れたマネジメントツールであり、成果を実現するための有益な仕組みだと認識しています。私が主張したいのは、人事評価における業績評価は目標管理で行うことが必須はない、という一点にあります。
そもそも企業は経営計画を策定し、それを各組織や現場に展開して全社一丸となって目標達成を目指すのが本来の姿です。そして、その進捗度合いや成果を測るのが業績評価であるべきです。しかし、目標管理制度を業績評価に組み込むと、部下が主導して目標を設定し、その達成度で評価されるという運用になりがちです。この運用には、二つの大きな問題があります。
第一に、目標設定を部下に委ねることで、人事評価を意識するあまり「できそうな目標」を設定してしまうという問題です。業績評価は、本来チャレンジ精神や創造性を発揮し、より高い成果を目指すための仕組みであるべきです。しかし、目標管理制度を業績評価に組み込むと、達成度が評価指標になるため、部下は自分の評価を守るために低い目標を設定し、挑戦や冒険を避けるようになります。結果として、組織の成長や革新が阻害されることになるのです。
第二に、業績評価は経営計画と密接に連動していなければならないという点です。企業は経営計画を通じて組織の方向性と目指すべき成果を明確にし、それを各部門やチームに具体的な目標として展開し、役割や責任を明確化します。そのうえで、その実現度を測るのが本来の業績評価です。しかし、目標管理制度を業績評価に組み込むと、部下主体で目標設定を行うことが強調されすぎてしまい、経営計画との整合性が失われやすくなります。部下は、会社全体の戦略や背景を十分に理解しないまま、自分の視点だけで「やれそうな目標」を設定しがちです。上司もまた、部下の目標設定をサポートする立場にとどまり、経営計画との連携が弱くなってしまいます。
この背景には、日本型目標管理の特徴である「目標達成度」という誤った尺度で業績評価を行う仕組みがあります。本来、業績評価は経営計画から自組織に展開された役割や成果を基準に達成度を判断すべきであり、絶対評価で行うべきです。しかし、日本では目標管理制度を業績評価に導入した結果、部下が主導して設定した目標の達成度で評価する仕組みが一般化してしまいました。この構造は、社員のチャレンジ精神を削ぎ、組織の成長を阻害し、経営計画との乖離を招いています。さらに、個人主義的な行動や会社の方向性と異なる動きを助長してしまうのです。
こうした問題を是正するために、最近ではOKR(Objectives and Key Results)を導入する企業も増えています。しかし、実態としては目標管理制度と同じ思想で運用されるケースが多く、見た目は変わっても中身は変わらないことが少なくありません。本来、OKRは個人の業績評価ツールではなく、組織のビジョンを実現するためにチャレンジ精神を引き出す手段として活用されるべきものです。欧米企業では、OKRは事業成果をドライブし、個人が創造的に挑戦するためのツールとして位置づけられており、人事評価のための業績評価ツールではありません。
評価制度を再考するのであれば、経営者はまず経営計画を明確化し、その実現に向けて各組織が担うべき役割や期待成果を具体化することが不可欠です。そのうえで、部下が自分の役割を十分に理解した上で業績評価を受けられるようにすべきです。
多くの企業では、各組織や等級ごとに、実現してほしい成果、期待される業務、必要な知識やスキルを明確化できるはずです。業績評価においては、それらの期待成果の実現度や重要業務への取り組みを評価指標とすれば、経営計画との連動性を高められます。そして、期待成果や重要業務を実現するためのプロセスにおいて、部下がどのように試行錯誤し成長していくか、その部分こそ、目標管理やOKRをマネジメントツールとして上司と部下が協働しながら活用すべきなのです。もちろん、それは人事評価の業績評価とは切り離して運用する必要があります。
以上の理由から、私は人事評価制度における業績評価を目標管理制度で運用する必要はないと考えています。むしろ、経営計画を着実に遂行し、組織としての力を最大化するためには、経営計画を現場に明確に展開し、上司が責任を持って業績評価を行うことこそが、これからの企業経営に不可欠だと考えています。